名古屋高等裁判所 昭和49年(う)400号 判決 1974年11月20日
被告人 山口恒治
主文
本件控訴を棄却する。
当審における未決勾留日数中八〇日を、原判決の判示第二の罪の刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人辻巻真作成名義の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これをここに引用する。
控訴趣意第一点(事実誤認の論旨)について、
所論は、要するに、被告人にはもともと他人の金品を窃取しようとする意思がなく、長男幸広に対して窃取の命令、指示等の働きかけを一切していないこと、更には幸広は自主的判断をなしうる年齢に達しており窃取行為の道具たり得ないから、本件はいずれも幸広の自発的犯行であつて被告人を窃盗罪として認定処断した原判決は、判決に影響を及ぼすべき事実の誤認がある、というのである。
よつて、記録並びに原審で取り調べた各証拠を仔細に検討し、考えてみるに、本件窃盗の事実については、被告人が幸広を使用して敢行した点も含め被告人及び原審弁護人において、原審公判廷を通じて終始認めて争わなかつたところであり、原判決挙示の各証拠によれば、原判示各窃盗の事実をすべて認定することができる。もつとも、所論の如く被告人が幸広に対し、具体的に一一金品窃取の命令、指示等した事実は認められないが、原審で取り調べた各証拠によれば被告人において、駐車中の自動車内にある金品を幸広に盗つて来させようと思つた時には、特に被告人が「盗つて来い」といわなくても「あれ」とか「何かある」とか「財布があつた」等といえば、幸広はすぐ被告人が盗つて来いといつている趣旨であることを理解し、その自動車内から金品を盗んで来ていたこと、幸広が盗む際、被告人は自動車から離れた場所で見張りをし、幸広が窃取して来た金品をすぐ受取り、これで幸広に玩具、菓子、衣類等を買い与えたりしていたこと、更には窃取に必要な道具として、細工した針金等を幸広に渡していることなどから見ると、被告人が幸広と意思を疎通しているばかりでなく、幸広が被告人の意思を体して行動していたことを優に肯認することができる。また、幸広は原判示第一の犯行当時は八歳であつたけれども、原判示第二の各犯行当時は一〇歳に達しており、一応盗みについての罪悪感を持ち、是非善悪を判断し得る年齢に達している如くみられるが、いわゆる刑事未成年者であるばかりでなく、前掲各証拠によれば幸広が金品を窃取してこない場合には被告人から拳固や平手で殴打されたり、足蹴りなどされていたことが認められ(この認定に反する被告人の当審公判廷における供述はにわかに措信できない)これらの事実をも併せ考えると、所論の如く幸広が自主的、主体的に窃盗行為をしたものとは到底認められず、結局本件は、父親たる被告人が刑事責任能力のない幸広を利用して自己の犯罪を実行したものと認むべきであるから、窃盗正犯と断ぜざるを得ない。他に記録を精査しても、原判決に所論のような事実誤認の違法はなく、本論旨は理由がない。
控訴趣意第二点(量刑不当の論旨)について、
所論にかんがみ、記録を調査し、当審における被告人の供述を参酌したうえ、証拠に現われた被告人の性行、前歴、前科をはじめ、本件各犯行の動機、態様、特に、本件はすべて小学生の長男を使つての車上狙い盗であり、その犯行区域も広く、損害金額も多額にのぼつていること、窃取した金員の大半を競輪、パチンコ等の遊興費にあてているなど犯情も悪質であるほか、本件と同種方法による窃盗の前科、犯歴があることなどを考慮すると、被告人を原判示第一の罪につき懲役六月に、同第二の罪の刑につき懲役二年に処した原審の量刑はまことに相当であつて、所論のうち肯認し得る諸事情を被告人の利益に斟酌しても右刑を軽減すべき特段の情状は認められない。この論旨も理由がない。
よつて、本件控訴は理由がないので、刑事訴訟法第三九六条に則り、これを棄却することとし、刑法第二一条を適用して当審における未決勾留日数中八〇日を原判決の判示第二の罪の刑に算入することとし、なお当審における訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項但書を適用し被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。